思い出話(まついなつき先生に寄せて)

まついなつき先生がお亡くなりになって、何か書こうという気持ちでいましたが、それもどうかなという気持ちもすごくあって、このままでいいかな・・・とも考えていました。私はトナカイ関係では新参者ですし。
しかしここ数日何人かの方と話して、やっぱり何か書いた方がいいかと思い至り、こそっと書いておきます。

 

初めてお会いしたのは2013年のイベントでした。
まる先生のカレーのイベントで、木星が蟹座に入る前だか直後だったかで太陽蟹の先生方が出演されるというのがあって、それに申し込んだのです。実は中野トナカイを知ったばかりで、イベントのお店に行ってもどの方がまつい先生かわかりませんでした(><)
後で伺ったら「あんこちゃんは説明してもわかったのかわからなかったのか全然読めない表情をしていたから覚えているよ」と言われて、もう申し訳ないやら恥ずかしいやらで大変な黒歴史です(いや本人的にはちゃんと聞いてたんです!)

 

そのあとはまつい先生の西洋占星術の講座や読み会に通い、タロットもそれまで触ったこともなかったのですが基礎の講座にいき練習会にせっせと通いました。
そしてトナカイが阿佐ヶ谷に移転するとき「今はダメだけどなんとかします!なにとぞよろしくお願いします」という感じでトナカイに入れてもらい、トナカイが終了する3か月前に「辞めます」と言って辞めてしまったのは皆さまご存じの通りです。こうやって読むとひどいです。

 

先生と生徒だし店長と店子でしたが、トナカイに座ってしばらくは私は鍵を持っていなかったので、毎週まつい先生がわざわざ火曜日の朝に来てお店を開けて下さいました。その時にちょこちょこ話をした普通のことばかり思い出します。まつい先生のところの次男さんと三男さんがうちの息子たちとピッタリ同じ学年だったので、子供の話や学費がしんどいなどの話をしたこともある。ミーハー的に色々な仕事の話を聞いてそれをネタにブログを書かせてもらったこともある→

ある日「あんこちゃん、私の写真を撮ってくれる?」とまつい先生が言ったので、「もちろんいいですよ。何に使う写真ですか?」と聞いたところ、ある占いコンテンツに使う写真とのこと。そんな大事なものをこんなドシロウトの私が撮っていいの?!と言いましたがいいと言うので(多分そういうものにこだわる方ではなかったですね)、トナカイの入口や2階で篠山紀信ばりに何枚か撮りました。
実際、あるコンテンツで私が撮ったまつい先生の写真が使われていましたが、もうそのコンテンツ自体がなくなってしまったのでもう見つけられないなと思ってました。
が、今回ネットの海で見つけたので申し訳ないけど勝手に保存しました。後ろがトナカイの壁なので間違いありません。とても綺麗に撮れている自信作です。

そして本当に色々助けていただき、教えていただきました。勢いだけの、それまではお勤めしかしていない新人占い師の私が集客で困っていると助け舟を出してお店日記やnoteに色々書いてくれて下さったり、「こうやるといいよ」とヒントを教えて下さったり。

 

私はトナカイのイベントを色々経験させてもらえたので、そこでは本当に沢山の事を教えてもらいました。どうやってイベントを組み立てるか、出演の人にどんなメニュー(内容、値段)を組んでもらうかとか、その他諸々。
これは重要無形文化財といっていいと思う。

今はせっかくの重要無形文化財を、私のところで止めている、という気がします。
でもクレアボヤンスのモニターで散々「伝える」「育てる」と言われました→ここで止めてはいけませんね。

 

命はどうしようもないことなのでしょうが、残された方は何しても悲しいし、どうして、って思うし・・・
私の中身は本当は子供なので「なんでだよ、聞いてないよ、もうー!」とかうっかり癇癪を起こしそうなのであまり書けませんが、ひたすら残念です。
まさかあのウラナイ8のインタビューが最後になるなんてこれっぽっちも思わなかったです。

今の私の周りはまつい先生が存在したからこそもたらされたご縁を元にできているので、本当にいくら感謝しても足りません。
これからも教えていただいたことを大事に、占いの仕事を頑張って続けていこうと思います。

2020年1月29日 あんこ

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