他人を鏡にしない(算命学)

ここのところ色々あってですね。
「人間まずは一人でメンタル安定して、楽しく生きるってのが大事だよな~」
っていう至極当たり前のことを考えてます。

書くと一行で済むし、当たり前なような気がするけど難しい。

職場では上司や苦手な人の機嫌を伺ったり
同僚の愚痴をえんえんと聞かされたり
「こんなこと言って大丈夫だったかな?なんて思われたかな?」とぐるぐる悩んだり
好きな人の態度や返事に一喜一憂してメンタルが乱高下したり
家に帰ったら帰ったで家族からネチネチ文句を聞かされたり

上は「される」方の前提で書きましたが、人は相手によって見せる面が変わるもの。されているだけでなく、こちらがしていることももちろんあるでしょう。
人は人と群れて暮らす生き物なので影響を少なからず受けて揺れます。

算命学でみると
「揺れやすい人」
「揺れにくい人」
を超超超ざっくり分けて考えてみるために

こんな絵を作ってみました。陽占の星の説明図です。

一番上の木の性質の「貫索・石門」の星は「私は私だから」というマイペースな性質を持ちます。他人が何を言おうと関係ない、私は私の道を行くという行動パターンを取る。
やはりある程度安定した自我があるということは生きていく上にはとっても大切ね(この性質が強すぎてももちろん困るのですが。バランスも重要)

この図の隣り合わせの星は親和性がありますが、一つ飛ばした星はぶつかり合うぶつかり合います。
なので「貫索・石門」からすると「禄存・司禄」「車騎・牽牛」の星が相当し、貫索石門の
「他人が何を言おうと私は私」
という性質と相反する
「他人の意を汲み取ってから動く」
という性質を持ちます。まず相手ありきなのです。

なので「禄存・司禄」「車騎・牽牛」の星が効いている人は人の意向を読むことが得意です。
「こうしたら喜ぶかな?」
「いま機嫌が良さそうかも」
「あんなことを求めているかも」
と察知をする。空気や一手先を読む能力が高いので仕事ができる人が当然多いです。

しかし「相手ありき」というのは裏を返せば「自分が薄い」ということになります
自分のナチュラルな自然な感情の発露ではなく、今相手が喜んでいたり機嫌がよかったら私もOK、
今相手が怒っていたり無関心なら not OKになります。

私はこの状態をよく「この人は他人を鏡にしている」って言ってます。
自分がOKかOKじゃないかを、自分の心じゃなく相手をみて判断しているからです。

まあこれが一番ダイナミックに出るのが恋愛のときだよなあ・・・次が親子かな。
恋愛の時は余裕がなく素の自分(というかボロが)出やすいので、相手の一挙一動に振り回されメンタルが不安定になります。
いつも何かの形で確認したくなり、お試し行動をしたり変な意地を張ったりします。

っていうか言っていい?

「自分の心のすき間を他人で埋めようとするな!!!!!」

(すみません・・・個人的に色々溜まってて)

そもそも「こんなこと喜ぶかな、あんなふうに思っているかな」と想像している内容はすべてあなたの妄想ですよね?(ひろゆき風)と問いたい。
それで違った時に「なんで?」と問われてもこちらとしてはいかんともしがたい。

オートマチックでやっていることなので自覚がないことも多いし、変えられるものでもないことも重々承知。私も自分を変えられない。
だからこそまずは「自分の楽しみ、喜びは自分で作る」ことが大事なんだよね。
ちょっとずつでも、ありのままの自分が無理せず良く感じることを大事にしてほしい。まずは何が自分は心地いいのか?大袈裟ですが魂が喜ぶのかな?という手探りからかもしれません。
他人とのやりとりで得られるものに比べると刺激が無いかもしれません。でもあとあとになってこれは絶対QOLに響いて来ます。
心当たりのある方はぜひ心掛けてみてくださいね。


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