片付けの話

最近「実家の片付け」の話をよく聞く機会が続いています。
親世代で長く溜め込み+場所がある+言っても聞かないの三重苦があるともう想像を絶しますね。これもある種更年期の悩みなのかも・・・

ワールドワイドな悩みらしく、本でアメリカの同じように親が溜め込んでいる人の話を読みました。向こうは家も土地も日本よりBIGなのでゴミの量もBIG。つらい。

うちの夫もチマチマ溜める系で「リスみたい」とよく思います(本人はリスほど可愛くはない)
まあうちは転勤を繰り返してある程度リセットされている+賃貸で置ける場所に限りがあるので、言っても大したレベルじゃない気がします。せいぜい彼がいつも座る場所にコックピットを作るくらいです。

私はわりとさっさと何でも捨てられるタイプなんですが、 それでも彼のテリトリーは手をつけられません。
夫はものすごく記憶力がいいので(司禄の人ってめちゃくちゃ記憶力いいですよね???私の容量の軽く10倍は記憶の容量がある気がします)下手に捨てるとあとでかなり追及されます。
「えーどこだろう?知らない。また時間が経ったら出てくるよ」と言ったことは数知れず。最近は年を取って私が後に残ったら全部捨ててやろうと思ってます。

誰かと住んだらテリトリーはお互い守らねばならない・・・忍耐・・・

多分、私は「実家の片付け」はあまりなさそう。
父はこの前亡くなりましたがワンルーム暮らしだったので全然大したことはなかったし、母はすごく綺麗好きなので家はかなり片付いています。妹が近くにいるし片付けのメインはそちらにお願いすることになると思う。

私は「実家」というものにあまり縁がないまま終わるのではないかと予想してます。
人は一生のうち「よく関わる分野」と「なぜか縁がない分野」があるのではないでしょうか。私子供3人いましたがPTAとかなぜか最低限の関りでした。

私は15歳の時を皮切りに沢山引っ越しをしましたが、半分夜逃げみたいな引っ越しも多くて全然物が残りませんでした。
必要最低限の荷物は持ったけど、引っ越しを何度も繰り返すとどうしてもとりこぼしが出るようで必要なものもなくなってしまったことも。前回の引っ越しでもドレッサーの椅子が無くなった。引っ越しの最後の佳境の時にいくつも「奥さんこれどうしますか?」と聞かれ頭がマヒして「捨てていいです!」って言ってしまったのかもしれない。

当時は買ってもらって一度も来ていない服がどこかで無くなってしまい、JKだった私は大ショックだった。
ですが「色々無くなってしまったけど。生活していくには無くてもそんな困らないんだな」と思ったことも確かです。

なのですが、最近あまりにも何も残っていなくてちょっとつまらないと感じるようになった。散らかすときもあっていいよねえ。
私の金星期(水星期も)のかけらは脳内にしか残ってない・・・

そのころのものって黒歴史かもしれないけど、黒いのもいいよな~とか思う今日この頃。ボケた時に反芻するのは黒い歴史なのかしら。
私の金星期、何してたんだろ?焼き尽くされてなーんか大変だったくらいの記憶の枠組みしか残ってない。

・・・いまから金星期ばあさんになってもいいのかもしれないですね。好きな服着て、好きなところ行って、遊んで。

おしらせ  伊豆で鑑定やります

ちょっと所用で伊豆に帰るので、もし希望があれば対面鑑定します。
11月3日(日)12:00~15:00
1日4日(月・祝)14:30~16:00
場所は三島とか函南あたりで応相談。車で行くので郊外の方がありがたいです。

ご希望の方はこちらから問い合わせください→

この記事を書いた人
SNSでフォローする