川の流れに身をまかせる(中殺の話)

昭和歌謡のようなタイトルですが、土曜日は「日座中殺・日居中殺・異常干支」の講座でした。
ご参加の皆様ありがとうございました。楽しんでもらえたら幸いです。

講座中を参加者さんが撮ってくれました ありがとうございます

半分は日座中殺・日居中殺の話でした。
どちらも中殺という言葉がついていますが「宿命中殺」の仲間です。宿命中殺は
「枠からはみ出ている」
「作りがゆがんでいる」
といった話の世界です。組織だった構成や順序だてた配置のような世界から逸脱します。
どうしてもちょっと変わった存在となりやすいです。

話はそれますが途中で何度も「変わってるっていったいどういうこと?」という問いが出てきました。確かに何に比べて、誰に比べて変なのかというのはあります。
たぶん世の中の人はもれなく皆さんだれでも変なところが必ずあって、曇りも傷もない人はどこにもいないのではないかと思うのです。ただ「どんな方向に変わっているのか」+「どれくらいのレベルなのか」という違いがあるだけだと。

私の中では宿命中殺の人は
「規格外(一般的にこれくらいだろう、というのを超えている)」
「考え方ややり方がねじれている」
っていう方向性を感じてます。長い観察の結果です。

宿命中殺の人はまっすぐ行けば早いところを、わざわざ遠回りしていくイメージ(本人はこれが一番早い道と思ってます)
おかしいよね!!でも、私も後で考えるとそういうことやってたな、みたいなことはあります。

長い距離を歩くので足が丈夫になる利点はあるかもしれぬ。心の足だけどさ。

まあでも直せるものではありませんし、直すって別に悪いものではそもそもないのでボチボチうけいれてやっていくしかないんです。
誰もがみな自分の変さを(それが大きいか小さいかの差はあるけれど)年を取りつつ受け入れていくしかないのでしょう。宿命中殺(日座・日居を含む)だとそれがちょっとハードめなだけです。

宿命中殺へのアドバイスはいくつかありますが、その一つが「流れに身を任せる」です。
受け身というのは、簡単そうでいて、実際やるとなかなか抵抗があるものです。「自分」という個を捨てる、という部分がどうしてもあるのでそれはホイホイできるものじゃない。
それでもできるだけ、流される笹船のように、川の流れに身を任せていけるところまでいくか、くらいの気持ちで過ごすがいいですよと話してます。

前はよく「来た電車に乗る」ってたとえ話をしてました。ブログもどこかにあるはず。
すごくローカルな例で申し訳ないのですが、私はよくJRの藤沢駅を使ってます。「上り」にいくか「下り」に行くかくらいは自分で決めて、あとはホームに行ったときにちょうど来た電車に乗ってみよう!って感じですかね(笑)上りなら上野東京ラインかもしれないし、湘南新宿ラインかもしれない。終点も宇都宮かもしれないし、高崎かもしれないし、池袋とかもいけますね。下りだったら国府津とか熱海、沼津なんかもいけます。
あ、藤沢は小田急もあるから新宿や箱根も行けますね!
そんなふうに天に任せるような心持ちは怖いですか?でもそういう要素が中殺の人には必要なんだと私は思ってます。

私も宿命中殺のはしくれなのですが、残念ながら「こうしたい!!」と思うことがまっすぐ進むことはなかなか難しいなって気がします。そもそも「こうしたい」というルートの構造に欠陥がある気すらします←本人としてはこれが最適解と思っているけど他人からすると「なぜその道なの?」って感じらしい。
Que será, será(ケ・セラ・セラ)」なるようにしかならないが合言葉。なるようにはなります、きっと・・・

宿命中殺の話は4月から始める算命学の連続講座「天中殺シリーズ」で扱います。
ZOOM開催なので、気になる方は遠くの方でも受講できます。どうぞよろしくお願いいたします。

夏瀬杏子
(なつせあんこ)

あなたの現実を変える占い師、夏瀬杏子です。
新宿・下北沢・湘南を中心に算命学・タロット・周易等を使用して占いをしています。占いの講座や練習会、占いイベントも開催。
(オンライン鑑定やオンライン個人レッスンも承ります)
転勤族の妻で元薬剤師 / 3人の子育てはほぼ終了 / 鳳閣星×3 / 全中殺 / 「基礎からわかる 易の完全独習(日本文芸社)」共同執筆しました

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