気を回すとは?

私の手相は生命線と知能線の始まりが大きく離れた、大胆な離れ型です。

某お笑い芸人さんが「KY線」と名付けて有名になった線です。KYは「空気読めない」ですね。
こちらは大昔に書いたブログ。

該当者でKYなんてひどい!という方も聞くのですが、KYなものをKYと言って何か問題があろうか。ネーミングセンス秀逸じゃね?
そもそも空気は吸ったり吐いたりするもので読むものじゃねえ!!と私は主張する。

最近
「気を回す」
ということでちょっとアレコレ話してました。
気(空気)は読むだけではなくて、回すものでもあるらしい。

読めない私が回せるわけもありません。
それても年の功か、多少見よう見まねでやり方がわかってきた、という感じです。あまりのマイペースぶりに「こうするといいんだよ!」と教えてくれる人がたまに現れたりするのです(マジで)
こういうのは形から入るのがいい方法だと思います。
そんな私にとって「気を回す」がデフォルトの仕様である人たちは称賛に値します。

が、私は敢えて言う。

気を回して回して、それがなんだってんだーーー!!!

気を回すのはいいことだろうけど、相手の気持ちとか実際の状況を確認とかをすっとばしちゃうことがあるんですよね。
相手を気遣ってこうしたらいいのかああやってやったら喜ぶだろうとか、すごく美しい世界なんだけど、本当にそれ要る?直接聞いてみようよとか、それは思い込みじゃない?それを強要されても・・・とか、見ていて思う。
そんな風に思う私には趣きがないのでしょうか(ないけど)

人間関係でだったら本当に直に聞いちゃった方がいい場面もあるのでは。
トナカイにいた某K先生(男性)が彼の気持ちを知りたいというお客さんにそれは彼に聞いたらと言ったという話があるとかないとかですが、まあさすがに恋愛の初期とか職場の人などでは難しいこともあると私も思いますが。

それでも気だけが一周も二周も回して、いったいどこへ着地するのか。

その結果相手が「えー」といったらどう思うのか。

とかKY代表としてはそんな意地悪なことを思っちゃたりするのです。

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