濃い手相、薄い手相

本日はまずはお知らせ。

明日はこちらの易の講座があります。
参加者さん募集の最後のお願いにやって参りました。

今現在超少人数制になってます。
このままだと濃厚なプライベートレッスンになる予定です。ぜひどなたか乱入してくださると嬉しいのですが・・・どなたかいらっしゃいませんかー?(よろしくお願いします)

あとこちらの「2026年を東西占術で読む」のアーカイブ販売もプッシュしておきます。

今年は「丙午」有名なひのえうまです。
火力が強く勢いがある年だと推測されます。「生き馬の目を抜く」という言葉があるように、素早く、抜け目ないアクションが求められることもあるでしょう。今年を生き抜くアドバイスを色々詰め込みましたので今年の計画のお供にぜひ使ってもらえると嬉しいです。

お知らせだけではなんなので、今日は手相の話。

手相は線の形がメインと思われがちですが、私はわりと手のディティールよりアウトラインを掴むような見方をするのが好きです。
例えば手が大きいとか小さいとか、手の全体の形とかですね。パッと見て雰囲気を掴むのが得意です。

すこし話は逸れますが、昔色々な薬局をあちこち移動しながら働いていた時はドアから入ってくる患者さんをパッと見て「この人はこんな人だな」みたいにわかる、という期間がありました。それは人相・・・というのかもしれませんが厳密にはちょっと違う気がします。
会う延べ人数が多い=経験が多い、ということによる直感が働くようになったのだと思います。理屈じゃなくわかるのです。
今でもある程度はそういうのはありますが、当時ほどじゃない。

まあそんな風な感じで手全体を見ている部分はあります。

手相の線の濃い、薄いも重要です。

わりと年配の人は濃い人が多いです。手相の線は「私はこう生きるんだ!!」という脳内の叫びのようなものなので、年を取るにつれ「自分」というものが固まってくることの表れなのでしょう。
反対に若い人だと線が薄いことが多いです。自分というものがまだ流動的(?)なのかも。


手の丘はふっくらして、線はくっきり刻まれて、というのが理想的なので、基本的にはある程度の大人ならそこそこハッキリした線の方がいいですね。
線が太くくっきりしているのは「私」という存在がくっきり浮かび上がっているということ。私の中では働き者の人が多いイメージです。色々なことを背負い込んでしまいがちかも(苦労性って言うんでしょうか・・・)

薄いのは「今はちょっと自分という軸が弱め」な時です。
言い換えれば周りに合わせる柔軟性が高い時ではありますが、自分の行動や信念をしっかり形作ることで線ははっきりしてきます(変わります)

自分の手だけ見ても薄いのか濃いのかわからないーー!!って方もいると思います。
やっぱサンプル数が多くないとその判断は難しいと思うのでそういうかたはぜひ鑑定へ。お待ちしてます。

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