木星期は握っていたものを放す時

昨日は有元先生とツイキャスでした。
マシュマロを投げてくださった皆様ありがとうございます。いつでもお待ちしてます。何かブログで「こんな話読みたい」とかあったら投げてくれれば書けるものは書けます(たまにこれゴメン無理だわってのもある)。

こちらは昨日取り上げたお題。

ツイキャスでも話しましたがこれを送ってくれた方のバックグラウンドが全く分からないのでアレですが・・・まあ西洋占星術でいう木星期(45才~55才くらい)になればぐっと楽になるんじゃない、って話はしました。私は大人になるのがゆっくり目のピュア✨な子なので50前くらいかな?実感したのは。

 

 

正直に言って私はかなり強欲なタイプじゃないかと思う。
若い頃は昼ドラの主人公のような生き様でしたが(笑)「死んじゃいたい」「消えちゃいたい」と思ったことは何度もあれど「死のう」とは思ったことは一度もない。
溺れてたら意地でも空気は吸ってやるしおなかがペコペコなら人のものを盗んでも食べるし、みたいなところが意外とあって、「あ、結構図太いな自分」って思いました(生き物はそういうものかもしれないけども)

なので正直この質問者様のように思うことは無かったんですが、そういうふうに思う方がいるのは理解します。人にあてがわれる人生は千差万別だし感じ方も全く違うので私の気持ちを語ってもどうしようもないかもしれません。

 

 

なので突然ですが夫の話をします。

結婚して28年くらい?
もうそこそこ経ちます。転勤があったので夫婦+子供たちでずっと住んでいます。
30代のころ、夫との間でよくあったことで、嫌だったことがあるのですがそれは
「夫の両親への連絡を私にさせること」
でした。

ずっと離れて住んでいることもあり、別に夫の両親(今は義父は亡くなりましたが)との仲はすごくよくもないけど悪くもなく、別に私がするのがイヤでしょうがないわけではないのですが、自分の親なんだから自分でやってしまえば早いことも「電話して」と言ってきました。正直めんどくさい。
「あなたがやればいいでしょ、なんで?」みたいに色々聞くと「その方がいいよ」みたいにしか言わない。夫は本当のことを言うタイプではないので(司禄・・・💦)すがどうも
「自分の親(特に母)と妻が話す=円満」
みたいに思っているようでした。意外とこういう男性はいるんじゃないか・・・

はあ??関係ねえよ。妻を使って親孝行している気分になるな!!!

とは言いませんでしたが、私もそれなりに言ったので減っていきました。

 

 

そして今。
ここ数年で義父が病気になって亡くなり、実家関係のことが色々夫の肩にのしかかってきたのですが、夫は一切を一人でこなしています。私に何か言う、またはやらせることはほとんどない(もちろん夫婦単位で関わることはちゃんと言ってきますが)。
今回ふとその経過に気づいて、なんでだろう?と思いましたが多分

他人に対してあきらめた

のだと思う(笑)この場合の他人は妻(私)ですな・・・

 

若いときは相手にああしてほしい、こうしてほしいというのがあって、それを表に出すか出さないかはともかくリクエストしてきたのを「もういいか」と思えるようになったのではないか。
ちょっと前に「よくこんな変わった人と結婚したね」と私が言ったら「その頃はこんなに変だと思わなかった」と言ってた(笑)きっとこんな大きな年になってから占い師になっちゃった奥さんを見て色々思うこともあったのかもしれぬ・・・あきらめてくれてありがとう・・・
すまんとも思うが人はやはりこのくらいの年になると握っていた色々をいくつかは床に置けるようになるのでしょう。

 

 

質問者さんの元の性質がどんなであれ、きっと40半ばを過ぎていくと「これは要るもの」と握りしめていたもの、それが物理的なものか精神的なものかはわからないけど、「ま、いっか」と離せるようになる日は来るだろうと思います。
あきらめるというと残念感があるけど「あきらかにみる」から「あきらめる」は派生するので、よく見て取捨選択ですね。寂しいと思う部分もあるけど気楽とかほっとする部分も必ず出てくるのではないでしょうか。人生はそんな楽しいアトラクションではないので楽しくなるかはわからんけど、よいこともきっとあろう。あんこ大先生が予言しよう(笑)30代半ばならいろいろなことにとち狂うことができるエネルギーがあるときなので安心してとち狂っておいてほしいです。

 

 

あとこんなニュースも今日出ました。リンク先の動画みて大笑いしちゃった。素晴らしい日だ。
私は見るよ。

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